神の島、久高島へ。琉球諸島創造の原点へ行ってきた【中編】

こんにちは。こんばんわ。きららです。
沖縄にきて毎日忙しくしているため、あまり観光スポット的な場所に行く機会はまだまだありません。。
そろそろ離島にでもいってみたいなーということで、先日「神の島」として有名な、久高島へ行ってきました。
ご紹介したいポイントが多い為、前編・中編・後編を順に公開していきますので、お楽しみに。

前編では、久高島へのアクセスや散策時の注意点などについてご紹介しました。
中編の今回は、訪れる前に知っておくとより久高島を楽しむことができる、久高島に伝わる神話や昔からの慣わし、歴史などについて簡単にご紹介します。
この記事を読んで興味を持たれたら、記事最後でご紹介している参考文献の本も読んでみるといいかもしれません!

 

開闢(かいびゃく)神話

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久高島には、琉球諸島を創造した「アマミキョ(女神)」「シネリキョ(男神)」の兄妹の開闢神話があります。
簡単にまとめると、海の彼方のあの世の世界「ニライカナイ」から島の北端に位置する「カーベル岬」へ降り立ち、島の中央に位置する「クボーの森(御嶽)」を創り、やがて対岸に位置する沖縄本島、南城市にある「斎場御嶽(セーファーウタキ)」に渡って首里で王朝を開いた、というものです。
これは非常に簡単にまとめたもので、他にも「人創りの神話」「穀物伝来の神話」があります。
これらの神話はすべて、祭事で再現されています。

久高島の男性と女性

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久高島では、女性は神人(カミンチュ)、男性は海人(ウミンチュ)と、生まれた時からその一生は決まっています。
また「アマミキョ」「シネリキョ」の魂を受け継ぐ「ノロ」と呼ばれる神女たちがいて、島内の祭事を取りまとめています。
久高島で生まれた男女が送る一生の流れを、簡単にご紹介します。

 

久高島の男性の一生
男の新生児には、祖父の名がつけられます。これは生まれた時から祖先とのつながりを意識づけるためです。
最近では戸籍上の名と祖父名とは区別されていますが、祖父名である「童名(ワラビナー)」で呼ばれる場合がほとんどです。
15歳になると「ンナグナー」と呼ばれ、年中行事などに参加し「正人(成人)」になる準備を始めます。
16歳になったお正月に、外間殿(フカマトン)にて根神(ニーガン)とノロ(神女)に盃を捧げ、一人前の正人として認められるようになります。
昔はこの頃から海人として、中国との貿易戦に乗り込むこともありました。

正人は年齢によって呼び方が変化します。
16〜20歳:シマリーター
21歳〜50歳:ウプグローター
51歳〜70歳:大王(ウブシュ)

 

シマリーターは働き手、ウプグローターは父親を意味しています。
51歳になった年の、旧歴8月12日に「根人」という祭事に参加することで「大王」となり、通常立ち入りを禁じられるノロの祭事にも参加できるようになります。

 

久高島の女性の一生
女の新生児は、生まれた年に旧歴の3月または8月に行われる「クボー御嶽参り」のいずれかに、母親に抱かれて参加します。
また、旧歴8月11日には15歳以下の少女全員がクボー御嶽参りに参加し、神歌で祝福されます。
これは、女は7歳から神が憑依すると考えられているからです。
女性には男性のような年齢で区切られた節目はありませんが、16歳になると結婚できる年齢となります。
30歳〜41歳の間で、神女就任の儀式「イザイホー」を経て神女になり、家族の守護を願います。
70歳になると、クボー御嶽でノロや神女たちに祝福されながら引退の儀を行います。

「イザイホー」は毎年行われるのではなく、12年に一度、午年に行われます。
久高島で生まれ育った30歳以上の既婚女性(ただし久高島出身の男性と結婚している)で、久高島から出たことなく、再婚したことがない女性のみが通過できる儀式ですが、1978年に行われたのを最後に条件を満たす女性がいないことから中止されています。
最後のイザイホーに参加した女性が高齢になってきていることからも、もうイザイホーの儀式そのものを知る人がいなくなってしまうおそれがあるのが現状です。

男性は船で貿易や漁に出ている期間が非常に長いですが、久高島の男性が乗る船はノロに守られているため転覆しにくかった、という逸話もあります。
それだけノロの力は強く、神聖なものです。
また「旅をする間は皆の夫だけれど、帰ってきて浜で釣りをするようになるとわたしの夫」という島唄があります。
長い間海に出る夫のことを考えてじっと島で帰りを待つ、久高島の女性だからこそ悟れる心なのでしょう。
その上、夫が旅の途中でつくった子供を我が子同然に育てることもあったそうです。
比較するのもおこがましいですが、わたしにはこれは絶対に至れない境地です。

 

久高島の伝統的な葬儀

久高島では、1966年ごろまで風葬が行われていました。
そのため、神職者の葬儀で歌われる葬送歌では、肉体は自然に還り、魂はニライカナイへ行く様子が歌われています。
ただしすべての魂がニライカナイへ行けるわけではありません。
生前に人に迷惑をかけたり、浮気をしたり、神事を怠ったり、島の価値観に従わなかった魂などはこの世に浮遊することになります。
また、若くして亡くなったり自殺などの不自然死をしたり、この世に想い残していることが多い魂などもニライカナイへは行けないようです。
幼いころ「悪いことをすると天国にいけないよ!」と言われたことがある方もいるかもしれませんが、その感覚に近からずとも遠からずのでしょう。

風葬が途絶えた原因は、ある島の外から来た人が風葬途中の木棺を開け、写真撮影をし雑誌に掲載してしまったことに発端があるようです。
詳しい事情まではわかりませんが、島の外から訪れた人が自分の都合で島独自の習慣や掟を破ると、これほど大きな事態を引き起こしてしまいかねません。
前編でもご紹介しましたが、興味本意で島を荒らすようなことは絶対にやめましょう。

現在では沖縄本島と同様に、墓におさめられています。
しかし墓地の様子は少し薄暗く、それでいて神聖さもあり「この世とあの世の間」であることには変わりありません。
墓地の前を通った時は、なんとなくですが少し背中が重たいような感じがしない気がしました。

 

まとめ

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中編では、久高島に伝わる神話や昔からの慣わし、歴史などについて簡単にご紹介しました。
ここで記載している他にも、久高島に関する神話や昔からの慣わし、歴史などはたくさんあります。
調べていてもなかなかでてこない情報が多く、主に比嘉 康雄(ひが やすお)氏が書かれた「日本人の魂の原郷」を参考に執筆しました。
久高島を訪れ、本やインターネットなどで調べることで、久高島のもつ独特な空気感はここに原点があるのだと改めて実感することができました。

今回の記事は少し難しい内容もあったかもしれません。
しかしせっかく久高島へ訪れるなら、少しこのあたりの知識を持った上で行くと見方がおおきく変わります。
美しい自然と心安らぐ空気は、久高島に住む人々を彼らの中にいる神の存在が創り上げているのかもしれません。

後編では、今回の記事の中ご紹介した神話などに出てくる「クボー御嶽」「カーベル岬」などに実際に行ってみた様子をご紹介します。お楽しみに。
ではまた。

参考文献:「日本人の魂の原郷」比嘉 康雄(ひが やすお)著